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警察官クビになってからブログ

クソ人生の人へ「ダークファンタジー」

健常者と障害者の境目の私「クソ人生のはじまり」

障害の話

 

私はいつも自分は「正常」なのか?という事に悩まされてきました。生まれてすぐ大病を患った私は「障害者」でもなく「健常者」とも言い切れない状態にあったのです。私のクソみたいな人生のはじまりをまとめましたので読んでみて下さい。

たぶん、ちょっと「珍しい脳の病気」

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私は生まれてすぐ「ちょっと珍しい脳の病気」にかかりました。

私の両親はお医者さんにこう言われたそうです。

「この子は死ぬ可能性が高いのですが、それでも手術を行いますか?」

私の両親の答えは「イエス」でした。

せっかくの長男だから大事にしたい、という考えからだったそうです。

しかしお医者さんは付け加えます。

「万が一生きていたとしても歩くことや普通に話す事も出来ないかもしれません、それでも行いますか?」

うちの両親はやはり「イエス」と答えました。

もし、私が同じ立場になっていたら「ノー」と言ったかもしれません。

両親の深い愛情にただ感謝するばかりです。

天才脳外科医

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結果手術は見事に成功し、私は生き延びることが出来ました。

実はこの成功は偶然や奇跡、というわけでは無く、私の手術を担当した先生の実力によるものだったようです。

この先生は後に日本で3本の指に入ると言われる脳のえらい先生になったそうです。今では看護師さんの教科書等を書いているとお聞きしています。

何にせよ私の住んでいた田舎にたまたま先生がいてくれた事で、私は助かったのです。

健常者か?障害者か?

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手術が成功しても私が「健康」であるかどうかはわかりませんでした。

なにせ脳の病気なのですから、どんな「異常」があるのかスグにはわからないからです。

小さい頃、母に連れられてよく病院で検査していた事を覚えています。

私はもちろん「障害者」の方が行く学校?に行く事になっていました。

担当医の先生も私が健康に育つ事はほぼ無いと思っていたようなのです。

異常が出ない確率は?

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調べてみると、この病気で何の異常も無く育つ確率は50%から70%と言われていました。

今から30年近く前の話ですから、今より確率はもっと低かったのかもしれません。

さらに私はこの病気を再発して2回も手術を行なっています。

私が異常なく育つ可能性は25%位?だったのかもしれません。笑

(そんな単純なわけは無いが)

なので先生が障害者の学校?に行かせようとしていたのは正しい判断だったのでしょう。

しかし結局私は「普通の学校」に行く事になります。

健常者として生きる?

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先生の最終的な判断は「普通の学校に行っても良い」と言う事でした。

それは遠回しに「どっちでもいい」と言う意味にも聞こえました。

たぶんかなり微妙なラインにいたのだと思います・・・。

先生にも私がその後どうなるのか?どんな人生を送るのか?想像ができなかったのかもしれません。

両親は悩んだ末に「普通の学校にいけるなら、普通の学校に行かせよう」と決めました。

この判断が正しかったかどうかは・・・正直今でもわかりません。

先生のリップサービス

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両親が私を「普通の学校」に入れようと決めた後押しになった話があります。

先生がいつものように私の「脳の検査」をしていた時の事です。

先生は私の脳波を見て「この子の脳波は変わっていますね。」と言ったのです。

よくわからないのですが、普通の人の脳波はぐにゃぐにゃ曲がっているのに私の脳波?は真っ直ぐ伸びていたそうなのです。

先生は「もしかしたらこの子は天才かもしれませんね!」と言いました。

もちろん、ただのリップサービスです。

先生があまりに悲惨な私の将来を見越して、少しでも希望が持てるようにと気を使ってくださったのでしょう。

しかし母はこれを割りと鵜呑みにします。笑

私がテストで悪い点数をとるたびに「先生は天才だって言ってたのに・・」と嘆いていました。(先生はそんな事は言っていないぞ!)

やっぱダメだった

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幼稚園を卒業後、普通の学校に入学した私は、1日目から自分がヤバイ事に気が付きます。

最初の授業?先生が「折り紙でツルを折りましょう!」と言いました。

先生が折り紙を配り、壇上でツルの折り方を順番に説明していきます。

みんながツルを折っていくなかで、私は「みんなが何をしているのはサッパリわかりませんでした。」^q^

結局わたしは折り紙を丸めて「まんじゅう」を作りました。

その後もやっぱり何をしてもダメで、私が身につけたのは「自分が出来ないことを誤魔化すクセ」だけでした。

言い訳をさせてもらうと、当時の私は周りとの能力値があまりにもかけ離れすぎていて、まともに向かい合う気すらおきなかったのです。

そもそも、今みんなが何をしているのか?今何をしなければいけないのか?これがサッパリわからないのですから・・・・。

さいごに

私が思うのは、家族やお世話になった先生や看護師さんに対して「こんなクソみたいな人生にして申し訳ない」という気持ちだけです。

社会に出ると大きな病気をしたからといって、誰かが助けてくれる事はありません。

人は生まれた時に配られたカードだけで勝負しなければいけません、目には見えないハンディキャップを背負っている人も沢山いるはずです。

つまり「私の人生がクソなのはこの病気のせいには出来ない」という事です。

一番の原因は結局私の努力不足なのです。

ただ、この病気が私を長く苦しめる事になります。

また少しづつこの病気と向かい合っていく話をしていきたいと思います。